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Diaryの最近の記事


近頃、顧客の囲い込みでは飽きたらず会員ビジネスの見直しが始まっているらしい。ということで、会員ビジネスにおけるポイントは当然ながら運営者と会員の間のコミュニケーションだ。如何に会員に会へのロイヤルティーを持って貰うか。


そこで、さまざまなツールが使われている。少し前ならダイレクトメールとか、ポイントカード、店舗における情報誌など。しかし近頃は印刷代も馬鹿にならないし、ポイントカードも費用が嵩む、いきおい印刷代が不要でインタラクティブなコミュニケーションを取ることのできるインターネットの活用となってくる。

 

メーリングリスト
Webサイトの運営
Blogによる情報の提供

 

 

それに加えてソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の運営に注目が集まっている。SNSはご存じのようにmixiとかgreeを代表とし多くの利用者がいるが(5000万人~8000万人だったかな)、インターネット上に新たなコミュニティーを作りそのコミュニティーを介して参加者相互の新たな人間関係を構築するサービスである。

 

基本的なサービスは、会員間のメッセージングサービス、掲示板、Blog変わりの日記、コミュニティー作成、運営などになる。基本的にはインターネットという広大な世界の中の小さな小さな、お互いに顔が見えるコミュニティーであり、ビジネスとして考えると、さまざまなサービスを提供することで運営主体へのロイヤルティーを効果的に高めるためのサービスである。


しかしながら、このサービスについて何年か前に調べたが、会員1000人~3000人と少人数であってもサーバー構築(ハード、ソフト)の為のイニシャルコストは、かなり安く見積もっても400万~500万であった、通常1000万を軽く越える費用を要求される。会員数が増えると更にイニシャルコストは嵩むことになり、ランニングコストも高くなる。


ところが、株式会社手嶋屋さんを中心とした開発メンバーによるオーブンソースのOpenPNEというSNSエンジンがフリーで利用でき、コンピューターのエキスパートではなくともMovableTypeなどBlogのシステムを構築できる方なら独自のSNSを構築、運営できる環境が整ってきた。


つまりは、大きな費用をかけずに自社でSNSを運営することが可能な時代になっている。メンバーが増えればそれに合わせてハードのシステムをアップグレードする必要があるが、というのはWebなどよりユーザーのサーバーへ滞在時間が高くなり、また、掲示板、日記などへ書き込みがあるのでWebサーバーに比べサーバーへの負荷がかなり増えることになるからだ。


しかしSNSのアクティブユーザー(一週間に一度程度アクセスするユーザー)が20%~30%――巨大SNSではそれ程多くの割合のアクティブユーザーはいないようである――としてもメンバーが2000人~3000人ではシステムへの負荷はそれほど高くはない。


まずは、Web、Blogで外部への情報発信。メールを使っての情報配信、それらの顧客をSNSへ誘い込むことで、より密度の高い顧客との関係を築くことが可能なSNSサイトの構築を考えてみるのがよいだろう。


と言う事で、オンラインメディアを刊行、公開しているイーマグズのサイトで読者サービスのためSNSのテスト運営を始めた。:-)

http://sns.e-mags.jp


興味のある方は一度サイトを覗いてみて欲しい。まだ人数が少ないので驚かないように。(^^;
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今借りているサーバーがパンパンになってきた。


ということで、移設を計画している、が、そのままでは経費がかかるだけ、と言う事で二つのドメイン LDKS と e-Concept でそれぞれに借りているのを一箇所に集めて経費の削減だ。 :-)


とは思うものの、一箇所に集めると、万が一サーバーがダウンした時に両方のドメインともWebサイトが見えないし、メールが届かない事になるかもしれない。


でも、まあ、良いか!Webサーバーというかインターネットは100%の完璧主義でカチカチにするよりも、もちっと、ゆる~く運営しても許されそうだと、勝手に思って、そうしよう。(^^;


まあ、どこからどこへとは言わないが、まずは第一弾の移設完了。微調整を残すのみ。

昨年末だったか?「東京坊主コレクション 虹を翔るお坊さん」と題して、築地本願寺で仏教各七派のお坊さんが参加して法要ライブをやったのだが、残念ながらその時は参加できなかった。各派の法衣が鮮やかでまるで虹の七色、それをかけて「虹を翔る」ということだ思うのだが。

 

が、昨夜のタモリ倶楽部で「東京坊主スタイル2008」と称して、5派のお坊さんを集めて、ファッションショーよろしく、広間の中央をランウエイにして、各派のお坊さんがウォーキングを披露してくれた。最後には「般若心経」の合唱ならぬ五人のお坊さんが声を合わせて読経してくれたのは、面白かった。

 

この坊主スタイルが坊主コレクションとどう関係しているのか解らないが、関係ないのかな?今年もコレクションをやるのなら参加してみたいと思い出させた。

 

ということで、WowWowのプロジェクト・ランウエイ3いよいよデザイナーは四人に絞り込まれた。次回が最終で三人が選ばれNYファッションウイークで自作コレクションの発表が許されるのだが、さて、誰が生き残るだろう。

 

生き残っているのはローラ、ウーリ、マイケル、ジェフリーの四人。マイケルは多分間違いなく合格で、ローラ、ウーリ、ジェフリーの三人から脱落者がでるような気がする。誰が優勝してもおかしくないとは思うが、しかし、ボクの予想はジェフリー、マイケルのどちらかが優勝だろうか。

 

今月2008年3月号のeMagazine掲載の「ベジアナあゆみの『これ、食べた!』」でベジアナあゆみこと、エッセイストでフリーアナウンサーの小谷さんから、今皆さんの関心を集めているトピックに触れていただきましたので、消費期限と賞味期限について考えて見たいと思います。この文章もeMagazineに掲載しています。が、先行で!:-)

 

さて、

 

消費期限=安全に食べられる期限
賞味期限=美味しく食べられる期限

 

だから賞味期限をちょっとぐらい過ぎても多分大丈夫。多くの皆さんはこのように理解しているかも知れません。しかし、本当にこのように理解して良いのでしょうか。

 

食品の第一義は安全です、安全でなければ美味しくありません。美味しく食べられると言うことは安全に食べられると言うことも含まれるはずです、だから賞味期限であっても安全に食べられる期限であるはずだ。或いは、PL法に準拠するような、製造者、加工者の責任でいつまで安全に食べられるか保証に関する記載があるべきだ、と言うような考え方もありますが、ここでは別の視点からも考えてみましょう。

食品加工業、製造業、調理施設など様々な現場における食品表示の偽装により、食の安心、安全対する不安が増しています。そんな今は消費期限と賞味期限についてもう少し考える事が必要ではないでしょうか。

 

食品加工業、製造業、調理施設など様々な現場における食品表示の偽装により、食の安心、安全対する不安が増しています。そんな今は消費期限と賞味期限についてもう少し考える事が必要ではないでしょうか。

 

「ベジアナあゆみの『これ、食べた!』」の中で小谷さんの示してくれたポイントは農林水産省の「消費期限と賞味期限の違いは?」というWebページです。厚生労働省のWebサイトには簡易な説明のページは見あたりませんので、農林水産省のWebページを参考にされる方が多いと思います。

 

まず消費期限について以前は

 

食品衛生法施行規則(食品衛生法の細則)
「定められた方法により保存した場合において、腐敗、変敗その他の食品又は添加物の劣化に伴う衛生上の危害が発生するおそれがないと認められる期限を示す年月日 」

 

農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律(所謂JAS法)
「容器包装の開かれていない製品が表示された保存方法に従って保存された場合に、摂取可能であると期待される品質を有すると認められる期限 」

 

と法律の違いにより同じ用語でも二つの基準がありました。

 

これではいけないと、様々な経緯を経て平成15年7月に統一され現在は

 

「定められた方法により保存した場合において、腐敗、変敗その他の品質の劣化に伴い安全性を欠くこととなるおそれがないと認められる期限を示す年月日をいう。」

 

となっています。農水省とか厚生労働省のページを見ると、統一以前も同じことを別の表現で現わしていたとありますが、そうでしょうか。

 

厚生労働省の「食品又は添加物の劣化に伴う衛生上の危害が発生するおそれがない」というのは解りやすいのですが、農林水産の「摂取可能であると期待される品質を有する」というのは解りにくい表現です。

 

つまり「食品又は添加物の劣化に伴う衛生上の危害が発生するおそれがない」と言う事は、何人かがその食品を摂取した時に危害が「発生した」か「発生しなかった」であり、危害を受けるか受けないかには個人差はありますが、判断基準は一つです。

 

「摂取可能であると期待される品質」の場合は「可能である」「可能でない」という品質判断をするにあたって、個々の人の嗜好条件までも入って来ることが予想され、害を「受けるか」「受けないか」と言うようなシンプルさはありません。これはやはり安全だけではなく、何か要件を加味した条文のように思います。食の安全を考えますと食品衛生法の「消費期限」がシンプルで解りやすいように思います。

 

では、統一された条文の中の「腐敗、変敗その他の品質の劣化に伴い安全性を欠くこととなるおそれがない」は統一前の食品衛生法の「食品又は添加物の劣化に伴う衛生上の危害が発生するおそれがない」と同じ事でしょうか。概ね同じと読んで良いように思えますが、何故か、何か、ひっかかる所があるようです。

 

何がひっかかるのだろうかと考え「安全性」を「欠く」ことを恐れるのではなく「欠くこととなる」ことを恐れるという記述だと気がつきました。つまり「安全性を欠いたらやばいよ!」と言うのと「安全性を欠くことになったらやばいよ!」という違いですが、ここには「安全性を欠こうとしている自分」と、「何らかの要因で安全性を欠くことになる自分」がいるようです。「安全性を欠こうとしている自分」には、行動する主体として自分の責任を意識しています。しかし「何らかの要因で安全性を欠くことになる自分」は何らかの要因に動かされる他動的な自分がいます。そこでは責任は直ちに自分になく、自分を動かすその要因に責任があるようです。

 

意地悪過ぎますかねぇ。(^^;

 

さて、賞味期限を考えてみましょう。農林水産省の「消費期限と賞味期限の違いは?」のページには「賞味期限を過ぎても食べられなくなるとは限りません。」と書かれているのみで、賞味期限切れ食品の取り扱いに関しては「では、どうすれば良いの?」という消費者の疑問に対しての回答が見えません。

 

かといって、消費期限は安全基準です。賞味期限は安全基準ではありません。とは明記されていません。この辺りがとても不親切です。

 

先の説明を受けるますと、普通に考えるなら、賞味期限を過ぎた物を、食べるなら食べても良いし、捨てるならそれも良し。だと思いますが、ここのところの食料廃棄問題などから、捨てるのは勿体ないから食べられる場合は食べましょうと言外に匂わせているようです。

 

ここで「では、食べても安全ですか?」と問いましても答えは返ってきません。では、食品製造、加工業者に問い合わせますとどんな答えが返って来るでしょうか。「食べないで下さい」と答えが返って来るはずです。

 

それを政府は「自己責任で食べて下さい。」とは言えません。製造、加工工場の過程も状態も違いますので当然です。そんなことを言えば「自己責任」は何処かへ抜け落ちて「食べて下さい」と言うから食べた。その結果健康被害を受けた、と保障問題に発展する可能性があります。

 

製造、加工業者と同じくた「食べないで下さい。」と言えば良いと思いますが、環境問題、食糧問題を持ち出して、賞味期限切れ食品を直ちに捨てることは良くないことだ、という世論を喚起する方法を取っているように感じます。

 

責任を取るべき立場の製造、加工業者が「NO」という物を、なぜ、同じく政府は「NO」と明言出来ないのでしょう。

 

多くの消費者は食の安全のために何らかの基準を求めています。つまり美味しさとは味覚であり個人の感覚です人それぞれ違います。美味しく食べられる、そんなことを保証されてもねぇ~。そんな事より、いつまでなら食べても安全なの?賞味期限がそうでないなら、他になんか基準とか表示はないのと言う事です。さらに言えばその安全に誰が責任を持ってくれるのと言うことです。

 

今年2008年1月ブログのBizlogにエントリーした記事、下のURLのページを見ていただければ

 

http://www.e-concept.jp/Bizlog/2008/01/10.html

 

「世帯における食品ロスの概要」(平成18年度食品ロス統計調査(世帯調査)によれば、ここの所、事業所、家庭のでの食品ロスは減少していることが明らかであり、そのロスをなくすために消費者の取っている行動の統計数字が出ています。

 

食品の無駄を少なくする為に購入時に気をつけていることと言う設問への回答は。
・70%の人が「製造年月日が新しいものや賞味期限・消費期限が長いものを選ぶ」
・50%の人が「購入する食品を決めてから買い物に行く」
と答えてる。

 

食品の無駄を少なくするために保存の際に気をつけていること言う設問への回答は。
・60%の人が「食品の買い置きや鮮度、賞味期限・消費期限をこまめに確認している」
・同じく60%が「食品の適正に応じた適切な方法による保存を心がけている」
と答えている。

 

つまり、いつまで安全に食べられるか、誰も責任を取ってくれませんし、表示もありませんから「賞味期限」を単に美味しく食べられる期限というだけではなく、倹約のため食品ロスをなくすという生活防衛と合わせて安全のための基準としている事が見て取れます。

 

現在の加工食品の安全性について消費者に知識があるか、或いは充分な情報が開示されているか、と問われて「YES」と答える人は少ないでしょう、多くの人は「NO」と答えると思います。例えば惣菜など消費期限が表示された加工食品を見ただけでは安全かどうかはわかりません。買って食べて駄目だったじゃなく、買う前にいつまでなら大丈夫か知りたい訳です。となると、販売している総菜屋さん、食品スーパーを信じるしかありません。

 

信じられない人は素材を買って自分で作ることになります。しかし、店頭に、まさか、腐りかかったり、黴びたりしている、物を並べないでしょう、間違ってたまに並んではいますが、その素材が安全かどうか、見ただけで、残留農薬、環境汚染などの問題もあり、悪くない素材かどうか、この判断も難しい。となるとやはり素材を販売している店を信じるしかないようです。でなければ農地を借りて自給自足という所まで行かなくてはなりません。

 

自分の判断力を鍛えなさいと言う方が少なからずいるようです。素材が痛んでいるかどうかなんて事は解るでしょうが、判断力を鍛えても一般消費者の多くが残留農薬、環境汚染による食品汚染を的確に判断できるようになるとは私には到底思えません。

 

これだけ高度に工業化され科学が応用されている食品加工品を、人の感覚だけで判断できるでしょうか。これを判断する為には誰でも簡単に使える安価な食品分析の為のハードウエア、ソフトウエアが必要ではないでしょうか。そんな機器をを消費者が手にできるのはいつのことになるでしょう。安全の基準も保証もなく自分の判断力で生活する為にはそんな道具が必要になるのではないでしょうか。

 

現状では、自分の五感を信じるしかないと思いますが、工業生産された食品加工品はよほどの場合でなければ、口に含んでも一口、二口では不具合があるかどうかわからないでしょう。食べ終わってしばらくして、具合が悪くなって初めて「あ~、失敗した!」となるのではないでしょうか。或いは健康被害を引き起こしても何が原因か解らないという人もいるようです。

 

さて、もう少し法令の文章の見てみましょう。食品衛生法施行規則の「賞味期限」の所を引用しますと「賞味期限(定められた方法により保存した場合において、期待されるすべての品質の保持が十分に可能であると認められる期限を示す年月日をいう。)」と書かれています。

 

改正前の「品質保持期限」では 「容器包装の開かれていない製品が表示された保存方法に従って保存された場合に、その製品として期待されるすべての品質特性を十分保持しうると認められる期限をいう。」です。

 

表現は大きく変わらないですが、改正後はここに「ただし、当該期限を超えた場合であつても、これらの品質が保持されていることがあるものとする。」という文言が付け加えられています。これは、包装食品の表示に関するコーデックス一般規格の最後に書かれている「 However, beyond the date the food may still be perfectly satisfactory.」を日本語訳し付け加えたとあります。

 

なぜ、付け加えたかについては国際規格に合わせる為という答があります。確かにそうであるかもしれません、しかし、やはり賞味期限を過ぎた加工食品の消費を促進する、と、まで言わなくても阻害することがないように配慮した文言であるようです。

 

しかし、そんなことは十分承知の上で、食品ロスを減らし、なおかつ「安全」の為の基準を求め「賞味期限」を活用しているのが多くの消費者の現実であるようです。

 

つまり、
消費期限=安全に食べられる期限
賞味期限=安全に食べられる期限+美味しく

 

というとらえ方が現実のようです。このような現実を見て、内閣府の国民生活審議会総合企画部会第4回(平成20年2月14日)において「食の安心・安全に向けた体制整備について」という案が出され現状の食品衛生法、JAS法、健康増進法を中心として関連法令を整理し食品の表示に関する一般法、「食品表示法(案)」を制定してはどうかという事が審議されています。

 

つまり、食の安心・安全について、わかりにくいし、責任の所在が明確ではない、情報が明らかにされていない、などを改正しようという動きです。

 

下に示した※URLのページを参照して下さい。

http://www5.cao.go.jp/seikatsu/shingikai/kikaku/21th/index.html

 

いろいろ問題点があるようですが「食の安全・安心」へ向けての前進です。関係各方面の調整が大変になるでしょうが、なんとか消費者にとってわかりやすく「食の安全・安心」を確保できるよう法の整備が為される事を期待しています。

 

まあ、自分でできる事は不要不急の物を購入しない、冷蔵庫の中に食品を貯め込まない、と言うことくらいですが、不幸にして省期限切れになってしまったら、古に曰く「君子危うきに近寄らず」でしょう。

 

輸入餃子を食べて食中毒に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。

 

さて、今回の餃子による食中毒は事故から事件の様相をおびてきたようです。メーカーの労使問題も取りざたされています。

 

例えばこの問題が事故であれば、製造メーカーのシステムを見直すことで、問題を解決する事が可能であり、解決されたなら後は安心できます。

 

問題の工場は優秀な工場であるようです。ハード面では日本の中小工場よりすぐれている面もあるようです。ソフト面でもHACCPの手法を取り入れて、製造プロセスの記録を残していますので、悪意を持った者以外が事故を装うことはできないようです。

 

ということで、くだんの製造メーカーを無批判に非難することはできません。

 

しかし、労使問題と言うことであれば、これはその企業の構造的欠陥であり、いくらハード、ソフトを整えても、事故は防げません。ハードもソフトも悪意を抑えることはできません。悪意を引き起こす構造的欠陥を正すしかありません。

 

さて、昨年秋に草思社より出版された「 中国の危ない食品―中国食品安全現状調査 」周勍=著、廖建龍=訳 と言う本があります。

 


[ISBN:4794216386: amazon]

 

ここで、著者の周勍は中国の社会が持つ欠陥が食の安全を脅かしていると中国国民に対して警鐘を鳴らしています。

 

仮にこの周勍の著わしたように中国の社会が欠陥を持つのであれば、今回の餃子事件を一企業の問題として捉えるだけで足りなくなります。

 

日本の食の安全を確保するために中国からの輸入を控えるのが良いのではないかとの問いに、多くの経済人は食を含める日本の現状では中国を切り捨てる訳にはいかないと言います。確かに経済の観点に立つならその通りでしょう。

 

しかし、まずは安全の確保が優先されるべきではないでしょうか。経済は社会生活を補佐するシステムであるはずです。そのシステムに縛られて安全が脅かされるのは本末転倒と言わざるを得ません。

 

さて、話を戻して、今回の餃子の問題が、事故であれば問題は単純です。しかし事件であるなら、日本の食料問題への早急な根本的な改革が求められます。

 

と言うことで、今回の餃子の問題は被害に遭われた方には申し訳ないのですが事故であることを祈ります。

 

でも、対中国と言うことではなく日本の食料問題には根本的改革が必要であることは明らかではありますが。(^^;


 

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